日々の出来事や想い。お家生活をおくる娘との日常など…。
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現在のすぴ。
2015年12月11日 (金) | 編集 |
早いもので12月。
一年一年がとても早く感じられて、驚くばかりです。

★まずは病院について。
受けているカウンセリングも順調だけれど、4月から担当が変わり、新しい担当の方と2回お話したところで、病院の都合でまた担当が変わることに。
新しい方がちょっと苦手なタイプだったみたいで、今の方に変わって良かったな、となっているんですけどね。

ただ2年間担当だったカウンセラーは、とても的確なアドバイスをくれる方で、すぴは何かあると私より先にカウンセラーに話すほどになっていて。

精神的にぐーんと成長を感じた時期でした。

その頃、すぴが性別に関することを相談するようになっていて、これはちょっと難しくて、ここに上手に書ける自信がないのだけど。
男とか女とか、区別されて、グループ分けされたり、やれることが制限されたりするのが嫌というのか苦痛というのか、うーん耐えられないみたいです。
カウンセラーも医師も、性同一性障害には当てはまらないのでは…とみていて、そこは本人もそう思っているようだけど、この先自分らしく、また苦しさを感じずに生きられるなら、男として生きる方がラクなんじゃないか…と言ったりも。。。

つまりは性別にこだわらず、自由に選択して生きていきたいということなのかな…。

すぴは、昨年の夏に坊主にしたんだけど、坊主にすれば周囲から男にみられると思っていたと。
例えば、スカートをはいていたら女の子、ふりふりの服を着たら女の子、ズボンをはいて髪も短かったら男の子、そんな風に思ってきたって。
でも、ボーイッシュな格好をしても、坊主にしても、女の子がそういう風にしているというだけ。そういう風にしか受け止められないことに驚いたそうだ。
女の子が男の子っぽくしている、あの子は女の子だけど、男の子みたいな恰好をして男の子みたいにふるまっているという見られ方ではダメだと。
だとしたら、そもそも自分の名前は、見るからに女の子の名前。名前を変えれば、見られ方が変わるかも…、いやいや最終的には戸籍も男にすることができたら…と、広がっていったようにもみえる。

カウンセラーは、私にはこう言われていた。
「すぴちゃんが、何かしら生きづらさを抱えていて、それが何なのか、どうしてなのかと、すぴちゃんなりに深く深く考えて、性別の問題だという結論に達したのではないか。またもともと 自由に、好きなことをして生きていきたいという気持ちが強く、性別によって分けられること、壁ができることを苦痛と感じているようだ。シンプルでボーイッシュな装いやさっぱりした人間関係を好むというのもあるだろう。ただ根本的には、性別の問題よりも、対人関係の難しさを抱えていると考えている。一緒に考えていくことで、一年もすれば、すぴちゃん自身がそのことに気づいていけると考えている」

私も、そう感じています。
そんなところで、担当が変わったのは残念だったけれど、カウンセラーを一番の理解者としてすごく頼っているようにも感じていたので(ちょっと距離感が近いかなと…)、ちょうどいい時期だったのかもしれない。

今も、その話はもちろんするし、特に名前に関しては変えたいみたい。私としては、名前を付けたのは私で、全然平気よ~とは言えないけれど、この先どうしてもそうしたかったら、変えたらいい。
彼女は、自由に生きたらいい。ただ、自由には困難もついてくるだろうから覚悟は必要だと思う。
まだ16歳だから焦らずに、ひとつずつクリアしていこうと、そんな風に考えていって欲しい。
それが私のいまの気持ち。

★学校について。
通信なので、レポートとメディアレポートとスクーリングで単位を取得します。
昨年、メディアレポートの進行が遅く大変だったので、今年は登校したらメディアに取り組むと決めて着々とこなしている。
レポートは教科書を見ながら家で出来るけれど、メディアはラジオやDVDを見て、勉強したことや感想を一定量書くことになるので登校しないと出来ないんです。

でも、1年の時とは違って、スクールイベントにしても勉強にしても、学校生活は、2年になってそれなりに要領を得て取り組めるようになり落ち着いてきました。
困ったときはすぐに担任に相談出来るようにもなりました。1年の時は、それも自分では出来なくて私にやってといっていたけれど、自分で聞いた方が早いと分かったんじゃないかな。
あまり母さんはあてにならないと分かってきたのかもしれない(笑)それはその通り。

また少ないけれどお友達も出来て、関わりが増えました。
その分、いろいろあるけれど、それですぐにお友達との関係を終わりにするって考えはなくて、どうしたらいいのか、自分の繊細さや物事の捉え方なども含めて、前向きに考えていこうとしていると感じます。

年々たくましくなっているんじゃないかなと思います。

このくらいの年齢になると、私にとっても時には頼りになる存在。
最近は、いつも一緒ではなく、それぞれがそれぞれの時間を過ごすようになりました。
私も、無理してすぴに付き合うことはないし、どうしてもって時はもちろんあるけれど、そんなとき、「付き合わせて悪いね」なんて言葉も出るようになりました。

だんだんと適切な距離感になってきていると感じています。

すぴは、いま4泊5日のスクーリングに行っています。
帰ってきたら、いい話もそうでないだろう話も、たくさんのお土産話が待っていることでしょう。

昨年は、スクーリングの前にカナダの短期留学があり、それが楽しくて楽しくて、スクーリングの準備は悪態ついてやっとこさ…な状態でした。
今年は、どうなることかと思っていたけれど、淡々とすすみました。

「荷造りも慣れてきたなぁ、昨年もカナダで慣れたから、こんな感じだったけど」
「えー、昨年、カナダはいいけど、スクーリングはめんどくさいっていって、準備もイヤだって悪態ついてましたけどー」
「マジで?! ぜーんぜん記憶にねーわ、すまん」

1年経つとこんなもんです。




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春。そして梅雨。
2015年06月20日 (土) | 編集 |
ようやく「春」という言葉を使ってもいいかなと思える頃になりました。

早朝の空の色は淡い色になったし、息子が朝練で出かける時間、まだ夜のような暗さだったのに、すっかり明るくなりました。

梅の花が咲き、桜ももうすぐ。今年は、青梅のしだれ桜を見に行こう。

四月になったら、すぴ兄は高3。
すぴも、無事に2年生になれそうです。

課題に行き詰まったり、登校する気持ちが起きなくなると、「そもそも高校って行かなきゃいけないの?」「ここでやめても別にいい」という考えが巡ってくるようで、嫌だけど、めんどくさいんだけど、ひとつひとつクリアしていこう…、とは思えないみたいです。


☆水無月です。↑上の文章「四月になったら…」って書いているところをみると、三月?だったのかな。

息子の朝練はなくなりました。そう部活は引退しました。
引退試合では、二勝してコート決勝に進出しましたが敗退。
涙を流しながら、応援に来てくれていた人たちにお礼の言葉を伝えていた息子の姿を思い出しては、今も胸がいっぱいです。
キャプテンとして、身体は小さいけれど、誰よりも動き、誰よりも声をだし、本当によく頑張っていました。

息子の学校は男子が少なく、入部すればレギュラーが確定しているような状態。
「この学校じゃなかったら、オレがキャプテンになるなんてありえなかった。いい経験をさせてもらった」
いいチームメイト、先輩、顧問に出会えて、大事なポジションを与えられて、たくさんの色々な経験を積んで、大きく成長したと思います。

親に出来ることは、少ないですが、頑張る息子にささやかながら寄り添えたこと、応援できたこと、私もいい経験をさせてもらいました。ありがとう。


これから、気持ちを切り替えて、受験勉強を。。。

しないと。。。いけない。。。わけですが。。。

「よく寝る子」状態になっています(笑)
いや笑っている場合じゃないんだけど。。。


すぴは、最近、すっかり昼夜逆転で、登校は週1くらいかなぁ。
昼夜逆転しなくても、そんなに変わらないか(笑)
昨年度末の、レポート・メディアに追われた教訓をいかし、今年度は、こつこつと…が目標でした。
まぁ、こ・・・つ・・・・こ・・・つ・・・くらいかな(笑)
これも笑いごとではないんですけどね。

意識はしていると思います。たぶんコレ大事ですよね。

今日、こうして久しぶりにログインしたら、以前ブログでやり取りしていた方の足跡を見つけました。
ここをはじめてから6年以上経っているのかな?
時々、かつてお話をしていた方たちのことを「どうしていらっしゃるかなー」と思い出すことがあります。
その中のおひとりだったので、とてもうれしく思いました。

これ、今年最初の日記なんですね。
見に来てくれる人がいるとかいないとかにかかわらず、こんなふうに思いを綴れる場所があるって、いいですね。

HANA

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